英語の早期教育は本当に必要か。

Category : その他
僕はこの記事を今スタバで書いている。単に書きためているブログ記事の推敲でもしようかなと思ってフラっと入ったのだが、僕の目の前で40後半くらいのオバちゃんがフィリピン人と思われる英語講師からマンツーマンの英語講習を受けているのを見て、居ても立っても居られなくなったので、書きなぐるようにこの記事を書こう思った。

何なんだ最近の英語ブームは。

そのうち小学校低学年から英語を必修にするらしいし、最近では幼稚園でも英語を教えているらしいし、大型スーパーに行けば子供向けの英語塾が必ず入ってるし、0歳児英語とかいう意味不明な英語教室なんてのも近所で見かける。日経新聞を読めば、とにかく英語がしゃべれないヤツはダメだといった論調である。何だかバカみたいに英語を教えようとする風潮が高まっている気がして目を覆いたくなる気分なのである。

僕の目の前で英語を教えてもらっているオバちゃんは「Different」の発音ができないらしく、何度も何度もフィリピン人の講師に言い直しをさせられている。オバちゃんは単語帳に何やらメモしながら必死で発音をしているが、英語にフリガナを振っている時点で上達はない。

そもそもこのオバちゃん、何に英語が必要なんだろう?生まれて初めての海外旅行でも行くのかな?いや、それにしては難しい単語を習っている。「independent」なんて単語が聞こえてきたからまさか旅行英語ではあるまい。風貌からして仕事で必要な人にも思えないし…。フィリピン人講師から必死で文を読まされているが、どこかでスピーチでもするだろうか?でも「Different」の発音ができないって相当ヤバいレベルだ。今さら何を必死に英語を勉強してるんだろうか?家でゴロゴロしてた方がよっぽど有効な時間の使い方なんじゃないか。

日本中、みんな英語を話したそう。みんな英語が話せたらいいなぁって思ってる。だけど本当に日本人全員に英語が必要だろうか?僕が40年弱生きて来た中で、日本国内で英語が必要だと思った経験はゼロだ。でもこれからは時代が変わって、僕らの子供世代は日本で生きていく中で英語が必ず必要なのだろうか。僕はそんな気が全くしない。

ただ少なくとも僕自身は、英語が必要だと思っている。それは仕事に必要だから。読めない書けない聞けない話せないじゃ仕事ができない。もっと上達したいと思っている。でもそれは僕に限った話。いや、それは言い過ぎで、仕事で英語が必要な日本人に限った話だ。日本人の全員が全員、英語教育を受ける必要はないと思う。いや、僕だってもうこれ以上勉強する必要はないのかも知れない。何故ならスマホがあれば分からない単語はすぐに調べられるし、いざとなったら翻訳ソフトがあるし、そもそも僕のTOEIC700点台の英語でも何とかなっているから。

僕の知っている英語が話せる人の中で幼少時代から英語を勉強していた人は皆無だ。むしろ学生時代に留学をしたり国内オンリーで勉強して話せるようになった人、つまり子供時代は日本語だけの環境で育ち、それから英語を身に付けた人が圧倒的に多い。多分それで充分で、学習開始年齢を少し低くしたところで、日本語しか使わない日本の社会で生活するあれば英語なんて絶対に身に付かない。大人になって必要性に駆られて勉強しても絶対に間に合うのだ。

実はタイムリーにもこんな本を読んだ。

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英語の害毒

最近の英語ブームを完全否定する本だ。ここまで極端な意見の本も珍しいが、色々なデータに基づいて書かれているので、単なる意見本とは違い、「そうなのか!」とか「なるほど」と納得させられる部分も多い。本の中に面白い知見があった。

日本人の英語はアメリカ人の英語よりも通じやすいということ。そして、バイリンガルの中にも格差があるということ。

日本人の英語は調査された9か国の人の英語の中で上から3番目に通じやすかったというのだ。アメリカ人の英語は下から2番目。我々の日本語英語は本場アメリカ英語よりも通じやすいらしい。ちなみに一番通じやすいのはスリランカ人の英語、反対に最も通じにくいのは香港人の英語だそうである。そう、僕の前に座っているオバちゃんのDifferentは矯正する必要はないのだ。「でふぁれんと」とか変な発音をしても外国人からは文脈から判断してもらえるから安心して欲しい。

バイリンガルの種類についてもプロフィシェントバイリンガル、パーシャルバイリンガル、セミリンガルと順に能力が低いと定義されている。プロフィシェントバイリンガルとは、日常会話をする能力と、知的・論理的に考え議論したりする能力を日本語と英語ともに兼ね備えている人らしい。そして日本語の能力は完璧だが、英語では知的・論理的な議論ができない人がパーシャルバイリンガル、日本語でも英語でも、難しい話は無理というのがセミリンガルとというそうだ。

日本語と英語の両方でちゃんとした知的な職業をやっていくためにはプロフィシェントバイリンガルじゃないとダメで、そうした人は相当に少ないのだそうだ。英語を母国語とし、それぞれの人に第二言語を持つシンガポールでさえ、プロフィシェントバイリンガルは13%しかいないらしい。この事実にはただただ驚くばかりである。それを聞いてしまうと、日本で幼少期から英語を教えることで、日本語ですらまともに話が通じない日本人が増えないかということが心配である。まぁそこまで行かないにしても他の授業がおろそかになり、全体的な学力低下に繋がらないかが心配である。

何が言いたいかって、小学校低学年から中途半端な英語をやるんだったら、英語以外のことをやった方がいいってこと。もっと別のこと教えてよってこと。英語みたいなお遊びみたいな授業を増やすより、もっとためになること教えた方がいい。僕なんか早いうちからプログラミングとか教えて欲しかった。絶対に仕事を効率的にやるのに役に立つから。エクセルマクロなんかは最強である。

上の本によると、日本人で英語を日常的に使う人は人口の2~3%くらいだそうだ。ときどき使うという人を含めても10~15%にしかならないらしい。とすると英語をほとんど使わない日本人は85~90%にも上る。

また、英語が必要だと思っている学生と、それらの学生を採用する企業側にも温度差が指摘されている。学生が思っているほど、企業は学生の英語力を重視してない。学生側が思うより企業側は「有能な人材、欲しい人材」=「英語ができる人材」とは思っていないようである。確かにその通りだ。企業にいると分かるが、海外で活躍している人全員が、英語が得意な人とは限らない。もし英語が得意な人しか海外に赴任させないのであれば、圧倒的に人材が不足するからである。皆、現地に飛ばされてから必要に迫られて上達するのである。

最近の英語ブームは教育・出版業界の策略としか思えなくなってくる。そんな策略めいた早期英語教育は何も生み出さない。それに気づいて「趣味としての英語」を勉強しているのならば別にいいが、必死になって勉強して成果が出ず落ち込んでいるのなら本当に不幸である。

皆が皆、本当に必要なのかよく分からない英語教育に振り回されるのは非常にもったいない。僕らは本当に必要なことをもっとよく考えて学習した方がよい。本当に必要な学習だけをして、もっと効率的に時間を活用したいものだ。

最近の日本の社会は「何が何でも英語」みたいな風潮が極端になりすぎている。マスコミや教育・出版業界からの強烈な宣伝文句によって僕らは英語偏重に寄りすぎている。こんな時こそ、シーソーの釣り合いを真ん中に戻すような真逆の思考が必要である。僕もどちらかというと「英語絶対必要派」だったので、この本を読んで少し冷静になれた。僕自身については必要だと思っているので勉強は欠かさずしているが、客観的には随分と真ん中に戻されたような気がする。

英語が必要なのは理解できる。ただ日本が国を挙げて早期から英語教育をすべきかは甚だ疑問だ。今一度、早期英語教育は何が目的なのか、自分はどうしたいのか考えてみたい。


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